B-2 なぜ「この先を考える当事者」になれないのか
- 4月21日
- 読了時間: 3分
方向性を揃えたい。
これから一緒に進んでいく必要がある。
そんな名目で議論をする。
しかしながら、その場ですぐに
「この先をどうするか」を自分の頭で考え、
意見を交わす場になるかというと、
必ずしもそうではありません。
多くの場合、そこには
集められてはいるが、まだ当事者として立てていない状態
が生まれています。
参加はしているが、「考える場」だとは感じられていない
その場でよく目にするのは、次のような状況です。
・ 席には着いている
・話は聞いている
・発言も、ときどき出る
それでも、
・ 何を考える場なのかを自分では掴めていない
・自分ごととして、課題認識が立ち上がってこない
そんな空気が、静かに共有されます。
「言われたから来た」状態から、
まだ一歩、踏み出せていない。
距離感だけが、宙づりのまま残る
この状態では、人と人との距離感も定まりません。
・誰が、どこまで考える立場なのか
・誰が、どこまで決めてよいのか
その線引きが曖昧なままなので、
どこまで踏み込んでよいのかは分からないという、
宙づりの関係性が続きます。
発言はあるのに、議論が深まらない理由
このような場でも、発言自体は出ます。
ただ、その進み方には特徴があります。
・抽象的な意見が並ぶ
・誰かが話しても、周囲が拾わない
・問い返しが起きないまま、話題が移る
話している実感はある。
しかし、
「この先をどうするか」を一緒に考えている感覚が育たない。
議論は、少しずつ
浅いところを回り始めます。
論点が「出ない」のではなく、まだ形になっていない
その場に不足しているのは、
鋭い意見や、正しい指摘ではありません。
不足しているのは、
・何を問題として扱ってよいのか
・この違和感を、チームの問いにしてよいのか
という前提です。
不安や引っかかりは、
多くの人の中に、確かに存在していますが、
場の論点としては立ち上がっていません。
誰も悪くないまま、状態が固定されていく
重要なのは、
この状態が、やる気や能力の問題ではないことです。
多くの人は、
・いまは、まだ言わない方がよい
・もう少し様子を見たい
・決める立場の人に委ねよう
といった、"善意の判断" をしています。
その積み重ねによって、
場は少しずつ、
「当事者として立ちにくい状態」に固定されていきます。
その先で起き始める反応
この状態が長く続くと、
人の内側では、別の反応が起き始めます。
理解はしている。
正しいとも思う。
それでも、
行動や姿勢としては、一歩引いてしまう。
次は、
そのとき人の中で起きていることを
見ていきます。

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